刑法において不可罰的事後行為と呼ばれる場合がある。
これは、同一の法益に向けられた複数の行為が、原因・結果の関係に立つとき、一定の構成要件には該当するが、結果である犯罪が原因である犯罪に吸収される場合の、結果である犯罪をいう。
この場合、原因である犯罪は、結果である犯罪について罰条評価についてカバーしているので、結果である犯罪については成立させないのである。
典型的には、窃盗により領得したものを毀損する場合である。
後行する器物損壊罪については、窃盗罪の判断において評価されている(窃盗罪は、既遂に達した後も違法状態が継続する状態犯であるので、違法状態それ自体については、既に窃盗罪の評価において織り込み済みである。)ことから、器物損壊罪の構成要件には該当するけれども、犯罪として評価しない。
しかし、司法試験において、このような簡単な事案は問われない(というか、基本的とされているこのような概念についての理解を問うため、わざと捻った問題にしてくる。)。
では、次のような事例ではどうだろうか。
〔事例〕
甲は、乙宅から高価な水晶製の灰皿(直径30センチ程度の大振りなもの)を盗もうとしたところ、乙に発見され咎められたため、灰皿の窃取を諦め、当該灰皿で乙の頭部を殴った。
甲は、当該灰皿に甲の指紋や汗などが付着したことから、自己の犯罪の痕跡を隠すため、当該灰皿を粉々に壊した。
本件では、甲は乙の灰皿を窃取しようとして、乙宅内で灰皿を手にしているので、窃盗の着手が認められる。
そして、逮捕を免れるために、大きな硬い灰皿で人体の枢要部である頭部を殴ったのだから、反抗抑圧程度の強い暴行をしているといえ、事後強盗罪を問擬すべきである。
刑法238条にいう「窃盗」とは、窃盗罪の実行に着手したものである(大塚各論P221、反対説:西田各論P175)から、本件で甲は窃盗について未遂であるが、事後強盗罪の既遂となる。
そこで、本件の場合に、器物損壊罪が成立するか、本件灰皿については既に先行する事後強盗罪の成立によって法益侵害が評価され尽くしており、共罰的事後行為となるのではないかが問題となる。
この点、窃盗罪に続く毀棄罪が成立しないとされるのは、窃盗罪が状態犯であり、法益侵害の状態事態については窃盗罪において評価がされているからである。
したがって、窃盗罪の事後の毀棄行為が共罰的事後行為にあたり、処罰されないのは先行する窃盗罪が既遂に達している場合に限ると解すべきである。
本件では、先行する事後強盗罪においてその構成要件に含まれる窃盗罪は未遂にとどまり、本件灰皿に関する法益侵害状態は継続しているとはいいがたい。
よって、本件の場合、先行する事後強盗罪において本件灰皿についての法益侵害は毀棄行為によって新たに侵害されているといえるから、器物損壊罪は別途成立すると解すべきである。
〔事例〕の場合は、事後強盗罪の窃盗が未遂を含むか否か、という問題がある(窃盗が未遂でも構わない、とする学説は、事後強盗を「窃盗犯人が逃亡する際に、暴行・脅迫を加えることが多いという刑事学的実態に着目して、人身保護の観点から」強盗と同じく処断するとしており、そうだとすると窃盗が既遂であろうと未遂であろうと人身保護の観点からは、暴行・脅迫の時点を既遂時期とみるべきであるとする。大谷各論P236)が、今回それはおくとして、窃盗が未遂にとどまる場合は事後の毀棄行為について評価されていないという事案を考えてみた。
なお、これ以外の場合でも共罰的事後行為とならない場合については、
事後行為が新たな法益侵害を伴う場合(本件も被るところ)
同一の法益に向けられた複数の行為であっても、目的・手段、原因・結果というひとつの意思決定に準じた関係にないので、責任減少を肯定できない場合
があるとされている。
なんにつけても、①窃盗②器物損壊ときたら、②は不可罰(共罰)的事後行為だという思考過程は危険である。
参考文献:本文中に挙げたもののほか、井田良「講義刑法学・総論」525ページ以下、山口厚「刑法総論」316ページ以下
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