2011年10月16日日曜日

学修計画

昨年までの反省を生かし、私は論文で人と同じことが書けるようにすることに力をいれることにした。

なぜなら、司法試験において求められるのはみんなと同じように書き、同じように解決する力であるからだ。
もちろん、これはやや強引ではある。
ここでいう「みんな」というのは合格レベルのロースクール生である。
つまり、2年ないし3年みっちり法律の基礎を学び、基本判例や基本学説についての知識が十分に備わっていることを基準にしている。

長い時間をかけてまだ合格できない人は、きっと勉強ができないのではなく、普通に書くということから離れているから合格できないのではないかとおもっている。
まだ、結果を出していない段階でこのようなことを言うのは、少し横柄を捌いているきらいがあるが、個人の意見として聞いていただきたい。

そこで、予備校の論文答練のパックを申し込んで、提出したものとは別に、解説をもとに何度か(3回くらい)同一の事案を起案して知識と表現とをブラッシュアップする練習をすることにした。

ここで、もう一つのポイントである予備校の存在が問題になる。
法科大学院教育においては司法試験予備校の存在が極めてマイナスに語られることが多い。
それは、論証をパターン化して事案の検討をせずに切って張っただけの論文が目立つようになったことへの危機感なのだが、これを盲信してしまうと危ない。
経験から言わせてもらうと、司法試験予備校の模擬試験や答案練習会で好成績をコンスタントに修められる人はやはり司法試験でも上位で合格していることが多い。

もちろん、これには例外もあるのだが、あくまで例外にとどまる程度の数しかない。
やはり、出題意図に沿った論証をして、書くべきことに適切に触れられている論文は評価が高いのである。

これらの認識に基づいて、私は予備校の答練を積極的に活用することにした。

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