今日は民法94条2項について。
民法は、当事者間で効果意思と表示とが合致(以下「意思の合致」という。)したときに、契約を成立させる。
これらの意思の合致について、総則的に規定したのが意思表示についての規定である。
民法では、93条以下に規定がある。
外見上意思の合致があるように見えても、法律上保護に値しない場合があり、これらは契約成立における意思表示の決まりでは、例外的な場合であるといえる。
そこで、意思表示の規定の中でも典型的でかつ、基本的である94条について検討しよう。
〔事例〕
Aは、事業に失敗し多額の負債を抱えてしまった。Aのもとには、既に現金や預金債権などはなく、財産といえるものは先祖代々受け継いでいる地元の不動産(甲山)しかなかった。
甲山は、A一族の守り神として古くから大事にされてきたものであり、Aとしてもこれを手放すわけにはいかなかった。
しかし、Aの債権者Gは、甲山を差押え、換価することによって自己の債権を満足させようと考えている。
そこで、高校時代からの友人Bに相談し、Aは登記簿上売買を原因としてBに甲山を売り渡すこととし、Bの了承を得た上で移転登記をなした。
ところが、Bは前述の事情について全く知らないCに甲山を売り渡し、代金と引換に移転登記してしまった。
Aは、甲山の登記が見ず知らずのCに移転されていることを知り、C名義の登記を元に戻すように請求したい。
Aの請求は認められるか。
Cは何を主張できるか。
ここで、問題となるのが、民法94条である。
AはBとの間で、登記を移転することについて合意している。
しかし、Aには真実甲山を売却する意図はなく、ただ、執行を逃れるために責任財産を見かけ上Bに移転したいと考えただけである。
そうだとすると、甲山を売却するという法的意思(効果意思)はAにはなく、甲山を売却するという表示行為と合致しないため、このような意思表示は契約を成立させないということになるのが原則である。
ここまでを確認したのが、94条1項である。
〔民法94条1項〕
相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。
しかし、本件で、Cが保護されないとすれば、Bの下に登記名義があることを確認し、Bとの間でお金を払って甲山を手に入れたCがかわいそうである。
そこで、94条2項は、「善意の第三者」にはこのような虚偽の意思表示の無効は主張できないと規定している。
〔民法94条2項〕
前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。
ここで、善意の第三者とは何か、とか、保護されるためには無過失が必要なのではないか、といった問題があるのだが、今回は表題と離れるのでいちいち記述しない。
さて、AがCに対して裁判を起こしたとして、請求原因(Kg)は、
Kg
1.A所有
2.C名義の登記
ということになる。
これに対して、Cは所有権喪失の抗弁(E)を主張することになる。
E
1.AB間売買
ということになる。
そして、Aは再抗弁(R)として、AB間の売買は虚偽表示なのだから、94条1項に基づき無効だと主張することになる。
R
1.AB虚偽表示
2.1につきAB合意
となる。
ここで、Cが94条2項によって保護される「善意の第三者」であるとして、この主張は再々抗弁(D)なのか、予備的抗弁(E’)なのかという問題が生じる。
まず、抗弁の機能から検討しよう。
抗弁とは、「原告の主張する請求原因を認めることを前提として、又は請求原因を否認若しくは不知と認否した上でその事実が証拠上認められることを前提として、請求原因が存在することによる法律効果の発生の障害となり、権利を消滅させ、又は権利の行使を阻止する事実」の主張だといわれている(問題研究 要件事実P23)。
しかし、これでは抗弁が「請求原因と要件事実レベルで両立する反論だ。」くらいにしかわからない。
そこで、私がわかりやすいと思ったのは、「抗弁は対象となる相手方の主張の法律効果を覆滅する権利障害、権利阻止、権利消滅事実の主張である。」という説明である。
このように理解すると、再々抗弁と予備的抗弁との違いが分かる。
つまり、そのような抗弁を主張し、容れられたとき、その効果として、相手方の請求原因の前提を覆すのか、それとも再抗弁を覆すのかという判断である。
本件で言うと、Cが94条2項の善意の第三者であることを主張し、裁判所に主張が容れられたら、KgのA所有が否定されるのか、それともRの虚偽表示と合意とが否定され、EのAB売買の事実は残るのかということになる。
この点、94条2項の第三者の主張が予備的抗弁と考える説は、94条2項の第三者と虚偽表示によって自己に権利があると主張するものとの間に法定の承継取得が成り立つと説明する。
判例は、この説を採っていると言われる(最判昭42・10・31)。
これを法定承継取得説と呼んでいて、本件の場合のはAから直接Cへ所有権が移転すると説明するのである。
つまり、AからCへ所有権が移転したと考えるのだから、これが認められると、Aの所有権を否定する所有権喪失の抗弁となる。
したがって、Aの再抗弁を否定する再々抗弁ではなく、請求原因を否定するから抗弁となり、CとしてはAB間売買の所有権喪失の抗弁(E)が認められなかった場合に備えて主張する予備的抗弁(E’)ということになるのである。
これに対して、再々抗弁説は、善意の第三者と主張するとしても、あくまでAB間の譲渡を前提としてABCと順次に所有権は移転したのだと説明する。
これを順次取得説という。
この説は、無権利者からは権利の移転ができない以上、当然Bに所有権が移転していることを前提としてABCと権利は移転したのだと主張する。
よって、AB間の売買を前提として、AB間売買が虚偽表示で無効であるとのAの再抗弁(R)を否定するのだから、再々抗弁(D)にあたるのだということになる。
さて、予備的抗弁説(法定承継取得説)からは、再々抗弁説(順次取得説)に対しては、善意の第三者の主張によりなぜ、虚偽表示無効が障害され、従前の譲渡が復活するか論拠が不明であるとの批判がある。
つまり、明文で虚偽表示は無効としているのだから、AB間の虚偽表示による売買がCの登場で解釈により無効ではなくなるとするのは簡単に明文規定の例外を作り許されないとの批判である。
以上、ざっくりとまとめた。
なお、法定承継取得説によると、本件ではAB、AC間で二重譲渡類似の関係となり、BCは対抗関係に立つ。
順次取得説によるとABCはそれぞれ前主後主の関係になるので、BCは対抗関係にはない。
参考文献:岡口基一「要件事実マニュアル1」、法曹会「問題研究 要件事実」、法曹会「紛争類型別の要件事実」
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