ここ数日頭を悩ませていた問題がある。
それは、給付利得における危険負担の論証でなぜ民法534条ではなく536条を類推するのかということだ。
平成22年及び平成12年出題に係る旧司法試験民法の問題について(事案を単純化しています)
AはBから著名な画家作の絵画を2000万円で買い受けた。
しかし、当該絵画は実は贋作であったことから、これについて錯誤無効を主張していた。
Bは錯誤を認めたので、絵画と代金の返還についてABで協議していたところ、たまたまA宅隣家からの延焼で絵画が焼失してしまった。
このような場合に、AB間の法律関係はどうなるか。
ここで、問題をAB間相互の代金返還請求と絵画の返還請求の関係のみにしぼって考える。
AB間の売買契約は、Aの無効主張によって当初から無効のものとなった。
したがって、Aは当該絵画を保持する権原を有しないし、当然Bも代金2000万円を保持する権原を有しない。
よって、相互に不当利得返還請求権(民法703条)を有することになる。
この点、不当利得には一般的に2類型あると主張されることを確認したい。
すなわち、「外形上有効な契約その他の法律上の根拠に基づいて財貨が移転したが、契約が無効、取消し、解除により効力を失った結果、財貨を取り戻す類型(これを給付利得という)」と「外形的にも契約関係にない当事者間において、法律上一方当事者が有する権利を他方が侵害し、権原なく利益を得た場合(これを侵害利得という)」の二つである。
一般的に不当利得というと、おそらく侵害利得を想定されるのだと思う。
給付利得に特徴的なことは、外形上有効な法律関係(これを表見的法律関係とよぼう)が存在することである。
以上を前提に本件でAB間の法律関係を検討すると、
Aは代金返還請求権をBは絵画の返還請求権をそれぞれ持っているということになる。
そして、そのどちらも不当利得(703条)を理由とするのだという点については、前述の通りである。
703条の条文(「法律上の原因なく、他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損害を及ぼした者は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。」)からすると、AもBも利益の存する限度、つまり現存利益の範囲で返還義務を負うに過ぎないことになろう。
しかし、Aは手許で絵画を焼失させてしまっているので、もはや現存利益はない。
そうすると、Aは何も返さなくてもいいのだがBは2000万円を返還する義務を負い続けるという結論になる。
このような解決策は、Bにとって酷だといえるので不都合である。
そこで、本件不当利得請求は給付利得の事案におけるものであったことを思い出すと、
給付利得は表見的法律関係を否定したことで生じるものだということから、表見的法律関係の性質がその「巻き戻し」として2つの不当利得請求に反映されるべきではないかと考えられることになる。
したがって、表見的法律関係であるAB売買契約(555条)の性質である有償双務諾成契約についての規律、同時履行(533条)関係についての規律が類推されることになると考えられる(もちろん、不当利得が一つで双務契約になるわけがなく、「適用」はできない。しかし、上記の類似性に鑑み「類推適用」するのである。意外と大事なところかもしれない。)。
2つの不当利得関係は、上記の論証で双務契約の規定が類推できることになった。
そして、これらのうちAの絵画返還債務は、Aの無効主張によって債務が発生した後に、A宅隣家の失火及び延焼という当事者の帰責性によらずに履行できなくなった後発的履行不能の事案といえる。
したがって、危険負担の規定が適用できると考えるのである。
ここからが、よく分からなかったところだ。
悩みどころはこうである。
危険負担の規定を適用するならば、Aの債務は特定物たる絵画の返還であり、すなわち「特定物に関する物権の設定又は移転を双務契約の目的とした場合」なのだから534条1項を類推すべきなのではないのかと思ったのに対し予備校本では「表見的契約関係が双務契約であるときは、その双務契約の巻き戻しの関係が認められるから、両債務の牽連性を不当利得の関係に反映し、危険負担類似の処理によるべきである。」としたうえで、「よって、民法536条1項の債務者主義により…」として結論へ結んでいる。
意味が分からない。
危険負担類似の処理によるべき
↓
よって
↓
債務者主義
というのはおそらく通常の思考過程ではないのではないか、少なくとも本件が特定物の返還について問題になっているのだから、534条1項との関係に触れないと通じないのでは。
いや、そもそも自分の理解が間違っているのかも知れない。
などと、思い悩んでしまった。
どうも、この点(給付利得と危険負担)は、基本論点らしいのだがあまりに不勉強で、知らなかったというか忘れていたのがお恥ずかしい。
とにかく、通説は不当利得関係では危険負担は債務者主義の536条ということで決まっているらしい。
なぜか。
それは、そもそも危険負担というのは双務契約の対価的牽連関係を維持するため、帰責性によらない債務の消滅の危険をどちらが負うかという観点からできた概念である。
そして、自己の支配領域に属するリスクは、支配領域から利益も得ている以上は、自己が負うべきとの考え方から原則として債務が消滅した危険は債務者が負うという536条1項が導き出される。
反面、特定物については、特定が生じたものについてはその物についての支配は、契約の成立と同時に引き渡し債権者(簡単に言うと買主)に移転していると考えられるから、実質的に特定物について支配領域をもっているので、例外的に債権者が危険を負うとの534条1項が認められるのだと説明されている(気がする)。
そうだとすると、本件で534条1項による解決をした結果は、絵画の引渡を求める債権者Bが危険を負担することになって、代金の返還債務は負うが絵画の引渡は受けられないという結果になってしまう。
これは、危険負担の趣旨である双務契約の対価的牽連性を維持することに反するばかりか、そもそも不当利得の原則で処理した結果の不都合性から危険負担法理を持ち出したのに、不当利得による処理と同じ結果になってしまう点で不都合であるといえる。
以上から、対価的牽連関係の維持との危険負担の原則に戻り、これを実現させる536条1項による処理が要求されるのである。
したがって、Aは代金の返還を請求できずBも絵画の返還を請求できないという結論になる。
------------ここまでが一般的な論証--------------
ただ、なんとなくすわりが悪い。
なぜなら、Bは可哀想だなどと言っておいて、Aの絵画を失い代金も返すという不利益を無視しているからである。
絵画の焼失はAのせいではないのだから、このような負担をAだけに求めることが正当かという観点はおそらく正しい。
内田先生はこの点に関して、「危険負担の発想から、Aの支配領域で生じた帰責事由のない滅失のリスクはAに負担させて、Aに滅失した絵画の時価を賠償させ、これとBの代金返還債務を同時履行の関係に立たせるべきだろう。」としている(一部事案にあわせて改変)。
確かにこの方が公平な感じもする。
しかし、そもそも支配領域のリスクを負わせるとするなら、危険負担ではなく善管注意義務(400条)違反による債務不履行責任(415条)を擬制するのと同じではないのかなどと偉そうに考えている。
以上
参考:藤原正則「法律学の森 不当利得法」165ページ以下、内田貴「民法Ⅱ」564ページ以下、スタンダード民法第3問
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