2011年12月15日木曜日

不当利得と危険負担についてのメモランダム

ここ数日頭を悩ませていた問題がある。
それは、給付利得における危険負担の論証でなぜ民法534条ではなく536条を類推するのかということだ。
平成22年及び平成12年出題に係る旧司法試験民法の問題について(事案を単純化しています)

AはBから著名な画家作の絵画を2000万円で買い受けた。
しかし、当該絵画は実は贋作であったことから、これについて錯誤無効を主張していた。
Bは錯誤を認めたので、絵画と代金の返還についてABで協議していたところ、たまたまA宅隣家からの延焼で絵画が焼失してしまった。
このような場合に、AB間の法律関係はどうなるか。

ここで、問題をAB間相互の代金返還請求と絵画の返還請求の関係のみにしぼって考える。

AB間の売買契約は、Aの無効主張によって当初から無効のものとなった。
したがって、Aは当該絵画を保持する権原を有しないし、当然Bも代金2000万円を保持する権原を有しない。
よって、相互に不当利得返還請求権(民法703条)を有することになる。

この点、不当利得には一般的に2類型あると主張されることを確認したい。
すなわち、「外形上有効な契約その他の法律上の根拠に基づいて財貨が移転したが、契約が無効、取消し、解除により効力を失った結果、財貨を取り戻す類型(これを給付利得という)」と「外形的にも契約関係にない当事者間において、法律上一方当事者が有する権利を他方が侵害し、権原なく利益を得た場合(これを侵害利得という)」の二つである。
一般的に不当利得というと、おそらく侵害利得を想定されるのだと思う。
給付利得に特徴的なことは、外形上有効な法律関係(これを表見的法律関係とよぼう)が存在することである。

以上を前提に本件でAB間の法律関係を検討すると、
Aは代金返還請求権をBは絵画の返還請求権をそれぞれ持っているということになる。
そして、そのどちらも不当利得(703条)を理由とするのだという点については、前述の通りである。

703条の条文(「法律上の原因なく、他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損害を及ぼした者は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。」)からすると、AもBも利益の存する限度、つまり現存利益の範囲で返還義務を負うに過ぎないことになろう。

しかし、Aは手許で絵画を焼失させてしまっているので、もはや現存利益はない。
そうすると、Aは何も返さなくてもいいのだがBは2000万円を返還する義務を負い続けるという結論になる。
このような解決策は、Bにとって酷だといえるので不都合である。

そこで、本件不当利得請求は給付利得の事案におけるものであったことを思い出すと、
給付利得は表見的法律関係を否定したことで生じるものだということから、表見的法律関係の性質がその「巻き戻し」として2つの不当利得請求に反映されるべきではないかと考えられることになる。

したがって、表見的法律関係であるAB売買契約(555条)の性質である有償双務諾成契約についての規律、同時履行(533条)関係についての規律が類推されることになると考えられる(もちろん、不当利得が一つで双務契約になるわけがなく、「適用」はできない。しかし、上記の類似性に鑑み「類推適用」するのである。意外と大事なところかもしれない。)。

2つの不当利得関係は、上記の論証で双務契約の規定が類推できることになった。
そして、これらのうちAの絵画返還債務は、Aの無効主張によって債務が発生した後に、A宅隣家の失火及び延焼という当事者の帰責性によらずに履行できなくなった後発的履行不能の事案といえる。
したがって、危険負担の規定が適用できると考えるのである。

ここからが、よく分からなかったところだ。
悩みどころはこうである。
危険負担の規定を適用するならば、Aの債務は特定物たる絵画の返還であり、すなわち「特定物に関する物権の設定又は移転を双務契約の目的とした場合」なのだから534条1項を類推すべきなのではないのかと思ったのに対し予備校本では「表見的契約関係が双務契約であるときは、その双務契約の巻き戻しの関係が認められるから、両債務の牽連性を不当利得の関係に反映し、危険負担類似の処理によるべきである。」としたうえで、「よって、民法536条1項の債務者主義により…」として結論へ結んでいる。

意味が分からない。

危険負担類似の処理によるべき

よって

債務者主義

というのはおそらく通常の思考過程ではないのではないか、少なくとも本件が特定物の返還について問題になっているのだから、534条1項との関係に触れないと通じないのでは。
いや、そもそも自分の理解が間違っているのかも知れない。

などと、思い悩んでしまった。
どうも、この点(給付利得と危険負担)は、基本論点らしいのだがあまりに不勉強で、知らなかったというか忘れていたのがお恥ずかしい。
とにかく、通説は不当利得関係では危険負担は債務者主義の536条ということで決まっているらしい。

なぜか。
それは、そもそも危険負担というのは双務契約の対価的牽連関係を維持するため、帰責性によらない債務の消滅の危険をどちらが負うかという観点からできた概念である。
そして、自己の支配領域に属するリスクは、支配領域から利益も得ている以上は、自己が負うべきとの考え方から原則として債務が消滅した危険は債務者が負うという536条1項が導き出される。
反面、特定物については、特定が生じたものについてはその物についての支配は、契約の成立と同時に引き渡し債権者(簡単に言うと買主)に移転していると考えられるから、実質的に特定物について支配領域をもっているので、例外的に債権者が危険を負うとの534条1項が認められるのだと説明されている(気がする)。

そうだとすると、本件で534条1項による解決をした結果は、絵画の引渡を求める債権者Bが危険を負担することになって、代金の返還債務は負うが絵画の引渡は受けられないという結果になってしまう。
これは、危険負担の趣旨である双務契約の対価的牽連性を維持することに反するばかりか、そもそも不当利得の原則で処理した結果の不都合性から危険負担法理を持ち出したのに、不当利得による処理と同じ結果になってしまう点で不都合であるといえる。

以上から、対価的牽連関係の維持との危険負担の原則に戻り、これを実現させる536条1項による処理が要求されるのである。
したがって、Aは代金の返還を請求できずBも絵画の返還を請求できないという結論になる。

------------ここまでが一般的な論証--------------

ただ、なんとなくすわりが悪い。
なぜなら、Bは可哀想だなどと言っておいて、Aの絵画を失い代金も返すという不利益を無視しているからである。
絵画の焼失はAのせいではないのだから、このような負担をAだけに求めることが正当かという観点はおそらく正しい。

内田先生はこの点に関して、「危険負担の発想から、Aの支配領域で生じた帰責事由のない滅失のリスクはAに負担させて、Aに滅失した絵画の時価を賠償させ、これとBの代金返還債務を同時履行の関係に立たせるべきだろう。」としている(一部事案にあわせて改変)。
確かにこの方が公平な感じもする。
しかし、そもそも支配領域のリスクを負わせるとするなら、危険負担ではなく善管注意義務(400条)違反による債務不履行責任(415条)を擬制するのと同じではないのかなどと偉そうに考えている。

以上
参考:藤原正則「法律学の森 不当利得法」165ページ以下、内田貴「民法Ⅱ」564ページ以下、スタンダード民法第3問

2011年12月4日日曜日

役員の対第三者責任についてのメモランダム

株式会社において、役員等(取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人のこと会社法423条1項括弧書を参照)は、当該会社の具体的な事業を執行する。

会社は、このような役員等を経営の専門家として経営に関する事項について役員等に委任しており(330条)、損害が生じたからといっても、任務懈怠(善管注意義務違反、忠実義務違反)がない限り結果責任を負わせることはない。

同様に、会社の事業によって、第三者に損害が生じた場合にも、役員等は第三者に対して賠償責任を負う場合がある(429条1項以下「本条」)。
本条のポイントは、(1)本条の責任の法的性質、(2)損害の範囲として間接損害の場合も本条の範疇に含まれるか、(3)「第三者」に株主が含まれるかという点にある。
そして、これらを考察するとき忘れてはならないのが、当該事例が直接損害の事例か間接損害の事例かという点である。
以上、論点として3点、視点として1点を念頭に置くことが基本である。

(1)まず、論点となるのは本条の責任の法的性質であるが、判例(最大判昭44.11.26百選71事件)は、これを不法行為責任とは別の特別の法定責任であるとしている(法定責任説)。
そして、本条の責任が不法行為責任とは別の根拠による責任であることの帰結として、①本条が要求する悪意重過失の対象は任務懈怠に対してあれば足り(本質的に不法行為責任であるとすると、故意過失の対象は損害となる点が異なる)、②役員等に不法行為が成立する場合は、当該第三者は役員等に対し別途不法行為(民法709条等)に基づく損害賠償を請求しうるとした。

昭和44年最大判の事案は簡単にするとこうである。
A社の代表取締役Yは、Xに対してA社社長Y名義で約束手形を振り出し、当該約束手形が不渡りとなって回収できなくなったのでYの対第三者責任を追及した。

事案は、間接損害事例(取締役の悪意重過失による任務懈怠によって会社が損害を被り、その結果第三者に損害が生じる事案のこと)ではなく、直接損害事例(取締役の悪意重過失により、会社に損害がなく、直接第三者が損害が生じる事案のこと)であって、原告Xは予備的に民法715条の不法行為責任をも主張した事案であった(視点)。

(2)そして、同判決は「第三者保護の立場から」、「取締役の任務懈怠と第三者の損害との間に相当の因果関係があるかぎり、会社がこれによって損害を被った結果、ひいては第三者に損害が生じた場合であると、直接第三者が損害を被った場合であるとを問うことなく」、取締役には賠償義務が生じるとした。
なぜ、直接損害事例か間接損害事例かが問題になるかといえば、直接損害については一般不法行為法の範疇ではないかと考えられ、間接損害については本条の責任を認めなくとも債権者代位(民法423条)や株主代表訴訟(会社法847条)によって会社の有する債権を行使すれば足りるのではないかと思われるからである。
しかし、「第三者保護」を強調するならば、損害を被った第三者が不法行為を理由として当該役員等には損害の発生について故意過失があって損害を生じたことを立証させるのは、役員等の事業行為についての高度な専門性に鑑み(「こうすべきなのにしなかった」ことを経営の素人が主張するの必要があるので)困難であること、また債権者代位の前提としての会社に対する任務懈怠の存否についての立証についても迂遠であることから避けるべきであるといえる。
よって、判例は直接間接の両損害を包含することにしたと思える。

(3)さらに、実際に試験で問われる場合、会社、役員等、株主以外の者に損害が生じた場合でなく、株主に損害が生じた場合が問われるケースが経験上は多い。
株主は、会社の実質的な所有者であり、会社の事業に濃厚な利害関係を有するだけではなく間接有限責任をも負っていることから、このような株主も「第三者」として本条により保護されるか問題となる。
この点、問題となるケースが直接損害か間接損害かによって解決が異なるとするのが通説である。
なぜなら、株主には会社に対して役員等に会社に損害を賠償せよと要求する手立てが用意されている(847条1項)からである。
つまり、間接損害事例は会社に損害が生じてこれによって第三者に損害が生じているものであるから、当該第三者が株主であるとすると代表訴訟がまさにワークする場面であるということになるのである。
通説は、このような場合会社は役員等に対して損害賠償を請求でき、他方第三者として株主が本条によって直接自己に損害の補填を請求できるとすると役員等は、同一の任務懈怠に基づいて二重に賠償責任を負うことになり妥当ではない。そうであれば、株主が本条の責任を追及することで会社の有する賠償請求権を奪うことになってしまう。
このような不都合性を解消するため、株主は間接損害を被った場合、本条によらず847条によって会社に訴訟提起を請求すべきであると考えるのである。

他方、直接損害事例は損害が会社に生じていないのであるから、当該損害についての請求権者は第三者しかありえず利害関係を有するといっても事業を執行しない株主に損害を甘受させる理由はないから、株主も「第三者」として本条の責任を追及することができると考える。

ただし、会社も株主も損害を被った間接損害の事例でも株主が本条の責任を追求すべき場合はあると考える説もある(江頭)。
たとえば、取締役が支配株主を兼ねているような場合には代表訴訟が十全に機能しない可能性があるからである。

以上を前提に、問題となりそうなのが、間接損害の事例として取り上げられる取締役による有利発行(著しく有利な価額で株を発行した場合)の事例である。
例えば、純資産2億の会社が100株を発行していた場合において、1株20万円で100株の募集株式を発行した場合、新株発行前の1株の価値は200万であるのに対し、新株発行後は110万円になってしまう。
この場合、会社には本来1株当たり200万円の払い込みがあるべきであるのにも拘らず、実際には1株20万円しか払い込まれていないのであるから会社に損害があり、さらに既存株主は1株あたり90万円もの株価の下落を被るのであるから損害を被っているといえる。
そこで、株主は本条の責任を役員等に追及したいと考えるが、このような損害は間接損害なので847条による処理をすべきになるのである。
しかし、実務ではこのような場合にも株主が本条の責任を追及することを認めている。
なぜなら、このような場合、会社が損害を被っていないいわば直接損害事例だとも考えられるからである。
つまり、新株発行に際し払い込まれる金額は、株価の多寡に拘わらず資金調達として会社に損害を及ぼすものではないと考えるのである。
そうだとすれば、株主は「第三者」として本条の責任を役員等に追及することができるのである。

このように、間接損害とみるか直接損害と見るかによって法的構成は異なる(らしい)。
しかし、明らかに会社に損害が生じていたり、逆に会社には何の損害も生じていない場合は格別、そうでないならば自己の帰結に向かって直接損害か間接損害かを株主が代表訴訟をすることが期待できるのか代表訴訟がきちんと機能する場面かを勘案することで認定することも許されるのではないかと考える。

参考文献:江頭憲治郎「株式会社法」、伊藤靖史ほか「リーガルクエスト会社法」、判例百選P146洲崎解説

2011年12月3日土曜日

書籍

9月以降に購入した書籍
1.山口厚「基本判例に学ぶ 刑法総論」成文堂 2500円
2.山口厚「基本判例に学ぶ 刑法各論」成文堂 2500円
3.中田裕康「債権総論 新版」岩波書店 4500円
4.小山剛「『憲法上の権利』の作法 新版」尚学社 2500円
5.大貫裕之・土田伸也「行政法 事案解析の作法」日本評論社 2800円

基本的に使用している基本書
民法
 内田貴「民法ⅠⅡⅢⅣ」東京大学出版会
 岡口基一「要件事実マニュアル12」ぎょうせい
商法・会社法
 伊藤靖史・大杉謙一・田中亘・松井秀征「リーガルクエスト 会社法」有斐閣
民事訴訟法
 伊藤眞「民事訴訟法」有斐閣

刑法
 西田典之「刑法各論」弘文堂
 井田良「講義刑法学・総論」有斐閣
刑事訴訟法
 安冨潔「刑事訴訟法」有斐閣

憲法
 芦部信喜「憲法」岩波書店
行政法
 櫻井敬子・橋本博之「行政法」弘文堂

労働法
 菅野和夫「労働法」弘文堂

その他の参考書・蔵書
民法
 川井健「民法概論①②③④」有斐閣
 大村敦「基本民法ⅠⅡⅢ」有斐閣
 山本敬三「民法講義ⅠⅣ―1」有斐閣
 吉村良一「不法行為法」有斐閣
 村田渉・山野目章夫「要件事実論30講」弘文堂
 松崎久和・塩見佳男・山本敬三「民法総合・事例演習」有斐閣
商法・会社法
 江頭憲治郎「株式会社法」有斐閣
 神田秀樹「会社法」弘文堂
 弥永真生「リーガルマインド 会社法」有斐閣
 落合誠一・近藤光男・神田秀樹「有斐閣Sシリーズ 商法Ⅱ 会社」有斐閣
 弥永真生「リーガルマインド 手形法・小切手法」有斐閣
 前田庸「手形法・小切手法入門」有斐閣
 鴻常夫「商法総論」弘文堂
 葉玉匡美「新・会社法100問」ダイヤモンド社
 相澤哲・葉玉匡美・郡谷大輔「論点解説 新・会社法 千問の道標」商事法務
 前田雅弘・北村雅史・洲崎博史「会社法事例演習教材」有斐閣
民事訴訟法
 高橋宏志「重点講義 民事訴訟法上下」有斐閣
 中野貞一郎・鈴木正裕・松浦馨「有斐閣大学双書 新民事訴訟法講義」有斐閣
 三木浩一・山本和彦「ロースクール民事訴訟法」有斐閣
 遠藤賢治「事例演習民事訴訟法」有斐閣

刑法
 山口厚「刑法総論」有斐閣
 山口厚「刑法各論」有斐閣
 堀内捷三「刑法総論」有斐閣
 堀内捷三「刑法各論」有斐閣
 大塚仁「刑法概説〔総論〕」有斐閣
 大塚仁「刑法概説〔各論〕」有斐閣
 前田雅英「刑法総論講義」東京大学出版会
 石井一正「刑事事実認定入門」判例タイムズ社
 島田聡一郎・小林憲太郎「事例から刑法を考える」有斐閣
刑事訴訟法
 田口守一「刑事訴訟法」弘文堂
 田宮裕「刑事訴訟法」有斐閣
 渥美東洋「刑事訴訟法」有斐閣
 松尾浩也「刑事訴訟法上下」弘文堂
 平野龍一「刑事訴訟法概説」東京大学出版会
 長沼範良・寺崎嘉博・田中開「有斐閣アルマ 刑事訴訟法」有斐閣
 平野龍一・松尾浩也「新実例刑事訴訟法ⅠⅡⅢ」青林書院

憲法
 高橋和之「立憲主義と日本国憲法」有斐閣
 棟居快行・工藤達朗・小山剛「プロセス演習 憲法」信山社
行政法
 塩野宏「行政法ⅠⅡⅢ」有斐閣
 宇賀克也「行政法概説ⅠⅡ」有斐閣
 大浜啓吉「行政法総論」岩波書店
 岩本安昭・秋田仁志・越智敏裕・村松秀樹「公法系訴訟実務の基礎」弘文堂

労働法
 荒木尚志・島田陽一・土田道夫・中窪裕也「ケースブック労働法」有斐閣
 野川忍「労働判例インデックス」商事法務
 水町勇一郎「事例演習労働法」有斐閣

その他
判例百選各種
争点シリーズ
法学教室「つまずきのもと」
辰巳法律研究所「趣旨・規範ハンドブック」
辰巳法律研究所「えんしゅう本」
法曹会関連等